


「ええ先輩とええ後輩ぞ」谷井正尚
谷井さんは軽妙な語り口ながら、ベテラン農家としての貫禄がある。こちらからお聞きしたことに対して、間髪入れず即答なさるのですが、それはどれも一農家として完成された、現実にのっとった生の意見で、聞く者にそのキャリアを感じさせるのです。農業は、地域とうまくやって、いい先輩・後輩を持つことが大切、と谷井さんは言う。あなたには、谷井さんのような先輩がいますか。
【谷井農場のスタイル】
菊地:谷井さんのところは、代々家業として農業をやっておられるんですよね。
谷井:せやな、先祖代々。大昔から農業をやってるわけ。今 うちは、有機農業と慣行農業とが半々くらいやな。「これはこれ・それはそれ」と、自分の中で区切りをきっちりと分けとるわ。補助金の関係もあるし、当面は今のスタイルでやっていくつもりやな。
菊地:どんなものをつくっておられます?
谷井:有機野菜は年間を通じて約40品目ほどつくってるけど、、まんべんなく・全部を大事に育てるようにしとるね。まあ 売上の割合でいえば、夏野菜 ― トマト・きゅうり・ナス、などが多いかな。
菊地:作物づくりで、特にこういうところに気を配っている、という点は、どんなことでしょう?
谷井:うちでは特に、こまめな輪作をこころがけとるね。連作障害が起きないように、畑を休みもってな、畑を循環させてやるわけや。いろいろやってきたけど、育てるのにそれが一番ええことやと思うね経験上。もちろん、肥料に気をつけるとかもあるんやけど、こまめな輪作は上手に育てるための原点いうか、最大のポイントと違うかな。
【有機農業への取組み】
菊地:もともと慣行農業をやっておられて、その後有機農業も始められた、というのは、どんなきっかけがあったんですか?
谷井:きっかけっちゅうのは、この地域で農業をやっている仲間、渋谷氏の影響やね。有機農業を始めてから、だいたい25年くらいになるかな。渋谷さんというのは、この辺りでは有機農業の先駆者とでもいうんかな。もともとは消費者から、伊川谷の農協の青年部に「こんなん(有機で)つくってくれんか」いう話があってな、で、我々のグループで取り組み始めたわけ。まあ"消費者の要望で"いうのがいちばん大きな理由やね。当時の消費者は"有機農業を運動として広めていきたい"いう想いがあったわ。
菊地:その要請を聞いて、どう思いました?
谷井:僕らつくるほうとしたら…当時は生産者と消費者との交流とか、殆どなかった。で、そういう有機農業を通じた地域の交流、みたいなものに対する興味というか(おもろいなあ)と思ったこともあって。…当時の若かった自分としたら、そういうのを求めていたところがあったかもしれんな。それに(これからはそういう時代やろな)いう考えもあったしね。 当時は僕も若いから、新しいものへの興味も旺盛やったし。でも、当時は有機農業をずっと続けていく、いう気もなくって(これやって食べていこう)いう気なんか、全然なかったんやけどね。
菊地:なるほど。では、実際に取り組まれてからは、どうでしょう?
谷井:はじめた当初は、家の裏にある人目につかない畑で、試しにちょこっとやってただけやったから。まわりにいろいろ言われるからねぇ、その頃は。「農薬使わんと野菜つくるなんて、アホちゃうか」いうようなことを(笑) それで、ええ野菜ができたとしても、「それほんまはクスリ使ってるんちゃうんかい」みたいな。今でこそ そういう声も、この地域ではなくなったけどねぇ。最近は市場のほうでも「どんどん農薬減らして」いう時代ですやんか。…それでも"有機"というところまで踏み込む農家はめったとないわ。
菊地:やはり、手間のことや流通の難しさなどがあるから、でしょうかね。
谷井:まあ、流通の問題いうのが大きいんちゃう?それがあるから、なかなか踏み込めませんわな。出来た野菜を市場に持って行っても、野菜に虫食い穴でも空いとったら、二束三文になってまうから。そういう野菜でも、を引き取ってくれる団体やらと付き合うことが、条件になってくるから、農家としたらなかなか難しいわな。
菊地:谷井さんたちの場合、そういう団体がバックアップしてくれたんですね。
谷井:うん、有機農業をはじめた頃は、穴だらけの不出来な野菜でも、全部消費者団体が引き取ってくれたからな。それに、消費者が畑まで来てくれて、草引いてくれたり虫とってくれたりとか ― 今でいう"援農"やな ― そんな後押しもあったし、続けることができたわけよ。ひとりでやっとったら、やめとったかもしれへんな。渋谷さんのリーダーシップとか、仲間で取り組んだこともあるから続けてこれた、いうのはあるわね。
菊地:やめとったかも、というと、具体的にはどんな苦労ですか?
谷井:まあ、昔、というか、今もやけど、やっぱり虫と草やね。虫なんかは、余所の農家から逃げてきたのが、全部うちに集まって来よるわけからね。せやけど、温暖化の影響やと思うねんけど、虫は昔より今のほうが多いくらいやわ。冬なんて、昔は随分寒かったから、虫は全部おらんようになってたけど、最近は生態が変わってしもたんか、今はそんなことないからね。ハウス栽培も増えたし、この頃は虫が越冬しよるから。
【作物の出荷】
菊地:有機野菜は流通の問題が厄介だ、とおっしゃいましたけれど、谷井さんのところでは、具体的にどんなふうに作物を動かしています?
谷井:私が属してるのは、4農家でやっている生産者グループ「土と緑の会(土緑会)」。そこは「菜の花の会」いう消費者グループと付き合っとって、そこへ出荷してるねん。それから、土緑会に3農家が加わった7人の生産者グループ「愛菜会」にも属してる。こちらは「都市生活生協」に出荷してます。 その2つの生産者グループで「伊川有機農業研究会」が構成されていて、そこが兵庫県有機農業研究会に加盟している…というのが、うちの立ち位置なわけ。 今は生産物の数に対して、消費者の数が少ない。一時は増えたけど、有機を求める消費者グループの会員は、減ってきとる。とはいえ、農家としては、出荷の窓口が多すぎると出荷のための作業とかが大変になってしもて、右往左往することになって、栽培がおろそかになってまう。理想は、つくったものを一箇所で、ようけ引き受けてくれたらええんやけど。
菊地:お客さんの数は、昔より減っていますか?
谷井:うちでは出荷先が二箇所あるわけやけど、昔に比べて消費者の数は減ってきたわ。生産技術は昔より上がってきてるから、生産量がせっかく増えているのに、それだけの引き合いがない、というのが現状やね。せやから、消費者の手元に届く作物は、特に出来の良いものばかりになって、それほど出来の良くないものは捨ててしまう、いうことになってしもうてる。
菊地:流通のことは、確かにどの有機農家さんも、苦労なさってます。
谷井:他にも、出荷に関する問題はいろいろあるね。例えば、いつもより作物がようけ採れたとする…じゃあ、そのようけ採れた分を、引き取ってくれる…そんな都合のええところはあらへんし。直売するいうても、そんなんいつもやってたら、肝心の栽培ができへんようになるし。月一回とかやったら、メンバーで調整して行ったらええ話やけど。毎日毎日どこかに立って売る、いうような農業は、うちらではできんからね。
菊地:出荷数が減っているから、といって、料金をあげる、ということは難しいでしょうし。
谷井:僕ら生産者としては、消費者に対して"単価設定を知ってほしい"いう気持ちはあるわ。野菜の値段がどういうふうについているか、消費者にはちょっとは知っておいてほしい、いうことやね。昔やったら、例えばキュウリだったら、採れたキュウリ全部ひっくるめて、キュウリの単価がいくら、いうことで設定してたけど、今はカタチのきれいな出来のええキュウリだけ選んで単価がいくら、いうことになってるわ…消費者が減って需要が減ってきとるから。こちらとしては、出来の良いのは高くとってほしい、と思うけど、消費者にしたらカタチの悪いのを安くしてくれ、いうギャップがあるしね。生産者ももっとアピールしたほうがええねんけど、なかなかそんなふうにもいかへん。「高い」や「安い」や言うと「あそこは金のことばかり言う」いうことになるし。
菊地:仕事量に関してはどうでしょう?昔と比べて。
谷井:作物の単価なんかは、昔とそんなに変わってないやろ。でも、モノの値段は上がっとるし、農家も生活レベルは上がっとるし…昔と同じような仕事はやっとれへん。せやから、今は年中、出荷が途切れへんような仕事のやり方をしとる。今の農家は忙しすぎるわ、有機といえどね。それくらい働かんと暮らしていけん、いうところやね。農外所得ある人は別として。昔は、集中して働いて・休みをとる、いうサイクルがあったけど、今はそうはいかんようになっとるね。もしきっちり休みがとれたら、栽培以外の仕事 - 畑回りの片付けとか細かい仕事なんかもきっちりできるところやけど、今はなかなかそれができんのよ。
【農業のやり甲斐】
菊地:いろいろと問題はおありでしょうが、農業を続けてくためのモティベーションになっているようなことってありますか?
谷井:うーん、支えというか喜びというんか…いちばん嬉しいんは、お金より ― もちろん、最終的にはお金になることがあるねんけど ― 有機でこれぞというものができて、ある程度の収量を得ることができたときは、嬉しいな。野菜も正直やから、手を抜いたら抜いた分だけのものになってまう。これだけようけの品目つくってたら、全部一生懸命やってるつもりでも、どれか手が抜けてまうねん。せやから、野菜が自分の思うようにつくれたときは、満足感あるね。まずいちばんにそれがあって、それからつくったもんがうまく出荷できたとき、あとはそれにお金がついたとき、いう順序になってくるわけやけど。それから、消費者に喜んでもらったときは、当然嬉しいね。「おいしかったわ」言うてもろてね。逆に「もひとつやったわ」いうのもあるし、それはそれで励みにもなるしね。一般の市場出荷やったら、それは得られへんことやからね。
菊地:谷井さんのように、お客さんに近いところにいると、成果がダイレクトに伝わってきますよね。
谷井:農家は食を扱う人間として、お金だけやない、いうことは考えとかんといかんわな。特に僕らの場合、消費者と付き合ってるから嘘はつかれへん、いうのは特にあるわ。朝に採ってないのに"朝採り"とはよう言わんわ。もしかして"昨日の朝採り"なんかも知れんけど(笑)農家は、商売人になってしもたらあかんわな。そら、やった仕事の分はきっちりお金もらうけど、そっちばっかりなってしもたら外れてまう。
【農業を志すひとへ】
菊地:ベテランの農業人として、これから農業を志す人に対し、何かアドバイスを。
谷井:そうやなぁ…。「やりたいようにやったらええんちゃう?」かな。これ、ええ加減に聞こえるかもしれへんけどね。―というのは、僕らからしたら、家が農家でもないのに就農する人の話を聞くことは、凄い参考になるねん。聞いてみたら「へえーすごいなあ!俺やったらようやらんわ」みたいに、こっちが思うわ。そういう人らの話は立派やし、志が高いもん。新規就農いうだけで、そら十分凄いわ。
菊地:なるほど。新規就農はガッツがあるんだから、きっとできるよ、ということですね。
谷井:あと、僕がひとつ言えるんは、地域とのつながりを大事にやりな、いうことくらい。農業うまいことやってる人は、地域とうまくやってる人やわ。仕事の色んなこと教えてもらえるし。孤立しとったら、嫁はんがおもろなくて逃げてまいよるで(笑)これ、ほんま。なんぼ本人の志が高くても、そういうことって実際あるんやから。 そもそも、農業なんて頭でわかっとっても無理やもん。「これには何を入れて」「こうやって」みたいにマニュアル通りにいくわけないもん。それをしたら大概失敗するねん。何年もやって、初めてうまくいくもんやから。つくるのは最初は失敗するから(笑) せやから、この仕事にまず必要なのは"ええ先輩・ええ後輩"を持つことやな。それがないとなかなか難しいと思うわ。地域の付き合いはいちばん大事。その他にも、農業以外の人との付き合いも要る。特に若いうちは、色んな人との接触を持たんとな。会合とか、消費者との交流とか、催しとか。そんなことが実は大事なんやな。僕なんかも、昔はそんなんあんまり得意でもなかったけど、経験積むとうまくやれるようになるもんやわ。そんなんがあったからこそ、こうやって菊地さんと付き合うこともできたわけやし、農業を色んなかたちでコーディネイトしてくれる人との付き合いもできていって、仕事に広がりが出てくると、どんどんプラスになっていくから。そしたら、新しいことにも挑戦していけるし。 まあ、農家も悪いもんちゃうで。変なとこ勤めるくらいやったら、農業のほうがよっぽどええんちゃう?(笑)
3つの質問 ?・?・?・?
「もし農業をしていなかったら?」
普通に会社勤めやね。
「休日の過ごし方」
あんまり休みとることもないけど、趣味の釣りやら買い物行ったりとか。 これも、普通の答えやね。
「10年後の自分はどうなっていますか」
農業してる。 今、息子がこの仕事を選んで取り組んでるんやけど、 10年後は、僕が息子の手伝いをしておれば、いいね。























