


「手を、つなげ」(第三回)橋本慎司
特別版でお送りしている橋本さんへのインタビュー、今回が最終回となります。橋本さんの思い描く有機農業の未来、有機農家そして新規就農者へのメッセージ…。完結編。
【3つの夢】
菊地:橋本さんの夢について、教えて下さい。
橋本:はい。3つあります。ひとつは“栽培技術について”です。ふたつめは“ファーマーズマーケット”。3つめは“有機農業推進法について”ですね。
ひとつめの栽培技術について。私を含めた多くの有機農家は、自然主義的なところから有機農業を始めたんですけど“自然ならばすべて良し”という考え方があったなかで「お前のやっているのはマニアックな農業で、自己満足や」と言われたことがあるんですね。“自然が良い”と理解している人にとってはいいかも知れないけれど、理解していない人にしたら“あまり理由になっていない”と。
何で日本で有機農業が広がらんのかな、と考えたんです。片やヨーロッパやアメリカでは有機農業が広がって、オーガニックブームが起こっている…なぜならそれは、有機農業の世界の中に“農学”という科学的な手法をもって、有機農業の技術を開発している、ということが理由にあるんですね。“ただ単に自然の堆肥を使って、自然のものを循環させれば自然なものができていいんや”というものではないんです。今日の日本でも“土壌分析”というものが始まっています。オーストラリアで有機農業を研究した後 日本に帰ってきて指導している小祝正明さん(ジャパンバイオファーム代表)という方がいるんですが、小祝さんによると― 有機農業の世界にも、きちんとした土壌分析であるとかの農学の考え方を反映していって、どのような環境でどのように育てているのかというのを、消費者に見えるカタチでやらないと、有機農業の技術というものがこれ以上広がらないし、生産量もあがってこない。 ―ということを言っておられて、私も同様だと思っています。
“土壌養分検定器”というのがあるんですけど、こういったものを使えば土壌の成分が、1つの抽出ろ液で検定できるわけです。土壌の成分のバランスが崩れると病気になったり、害虫が発生したりする。だから、土壌の成分のバランスをきちんととってやれば、そういう事態は防げるんですね。人間も一緒ですよね…健康を害するということは、身体の何らかのバランスがくずれてしまっているから、病気になるわけです。
例えば、害虫の発生で言えば― チッソ過剰であれば植物の体内に“アミド”というものができるんですが、このアミドを害虫は好むので、土壌のチッソを適度に保つことで害虫を防げます。また、土壌のカルシウムの割合を適度に増やすことによって、害虫の被害を抑えることが可能です。このように、土壌の具合で農産物の健康をコントロールすることができるわけです。土壌分析した結果、算出された成分の数値を、Exelを利用したシステムに投入すると、それぞれの成分の過不足がわかり、より良い土壌をつくるための指針となってくれるわけですね。今まではこういうものがなかったから、例えば牛糞堆肥を長年使ったために、土壌にリン酸が過剰になっていたり、もともとカルシウム豊富な土壌にカルシウムを入れ過ぎていたりと、病気が発生し易い土壌になっても、それを判別できなかった。みんな明確な理論なく、自然主義でやっていたので、病気などの原因をつきとめることができず、問題解決まで結びつかなかったんです。
そのせいもあって、今までは有機農家同士のコミュニケーションが、あまりなかったんですね。数値であるとか、基本となるような共通言語になるようなものがないので、お互いの状況を説明することができない。例えばどこかに見学に行って、何かいいものがあったとします。でも、そこの土地とこっちの土地は違う…特に有機農業の場合は地域性でやっているから、同じようにあてはめにくい。ところが土壌分析のようなものがあると、データ化ができるので、有機農家同士が基本となる共通の言語を持ったに等しい事態が生れ、コミュニケーションが拡大して情報交換が盛んになり、技術が広まって有機農業が発展していき、有機農家のネットワークが広がり、生産量が上がって、農薬を使わない方法が見出せるんじゃないかな、と思うわけです。まずはこの“土壌分析”が有機農家の間で広まっていくようにしたい。福岡正信さんも自然農法に行き着いたのは、科学が出発点なんですね。自然主義一辺倒で他に何のベースもない人間が、哲学的なことのみで人をごまかすようなことをやっていたら、有機農業は進歩しないと思います。逆にきちんとした科学なりのベースがある上で、そういうものに到達するんであれば、素晴らしいんじゃないかなと思います。
ふたつめのファーマーズマーケット(以下 FM)ですが―。有機農業の国際的なネットワークに関わっていく中で、兵庫県など山あいの農家が生き残っていくには、これなのかな、と思っています。
海外のFMでは、ただ単に農家が有機農産物を売りにきてるだけじゃなくて、みんながリラックスして楽しむところになっているんですね。洒落たテントがあって、音楽の生演奏があったりイベントがあったり、お茶を飲む場所があったりする。農産物を売っているところは“うちはこのようにして農産物をつくっています”みたいなものが各ブースに貼ってあって、泥付きの野菜が並んでいる。加工品の販売者もいるし、肉屋もいるし、シーフードを売っている人もいる。食事が出来るところもあって、オーガニックワインやオーガニックコーヒーやオーガニックビールなどが飲める。あるいは農家以外の人で、地域の住民たちが自分でつくったものを売ったりとか。FMのそばには公園があって、子供達が遊んでいる。つまりFMとは“買い物をする場所”ではなくて“週末に開催される楽しげなイベントの一種”なんですね。ミュージシャンがいたり、学生が環境を守るための活動をやっていたり、様々な出会いがあったりと、コミュニティの人たちが集まって遊ぶ場、なんですね。
かつて日本で私たちは有機農業の活動として、講演会とかをいろいろとやったりしたんです、大学の先生をよんだり…ところが、そんなことをやっても来る人というのは限られてしまって、インテリのおばちゃんみたいなのばっかり来てね…広がらないですよ、難しいこと言い合っても。フランスなんかでは市民も農業を支援しようという意識があって、都市の身近なところに“農業がある”んですよ。…農家がおるわけですよ、そのへんに。テレビドラマとか見とっても、FMのシーンとかが普通にあるんですよ。日本のドラマには、農家は出てこないでしょう?まったく、農村の“ノ”の字もないわけですよ(笑)テレビで評論家なんかが「日本の農家は甘やかされている」とか言うでしょう。「補助金ばかりもらって豊かに楽に暮らしている」とか嘘を並べ立てて、おまけに見ている方は、それを信じるし。一般の人々は誰も日本の農業を守ろうとせんわけですよ。講演会やったり大学の先生に話ししてもらったりしても、ごく一部の人だけで、届かないんです。ほんまに日本の農村や農業のことをもっと知ってもらおうと思ったら、都市の中に農民が自ら出て行って、日常的な中で農家と消費者が出会う場所をつくるべきじゃないだろうか、と。
ただ、ルールづくりも大切な要素で、放っとくと、農家や加工品業者の中には、余所の地域から仕入れたものを売ったりし始たりすることもあるかもしれない。まずは“FMとはローカルのものであって、ここに来た消費者たちがここ来れば来るほど・買い物をすればするほど、ローカルの・地域の経済が守られますよ”と定めることが必要です。それから、“ローカルとは具体的にこことここの場所ですよ”、“農産物は認定を受けた有機ですが、受けていないものに関してはどのようにしてつくったか店に貼り出していなければなりませんよ”、“店舗を離れての客引きは原則禁止ですよ、消費者がFMをエンジョイできなくなります”とかを決定する。
日本の有機農産物のFMは、ようやく始まったばかりです。これが全国的に広まっていけば、地域経済の活性としても、社会運動としても、機能していくと思います。もうねぇ、大学の先生よんで、農業問題を理解してもらう…もうそんなのええんです、私は(笑)。FM広げるほうが全然早いですわ。
みっつめの有機農業推進法について―。
有機農業やっている人は、私より少し上の世代の“学生運動上がり”が多いんです。だから行政とつるむのが嫌いで、反体制というか、役所と一緒にやる、という考えが今まではなかったんですね。当初「ロビー活動をする必要がある」とか話すと、怒られたものです。ところが、私たちがヨーロッパなどを訪問する中で感じたことは、彼らはロビー活動というものをきっちりやっているな、と。彼らの根本的な考えの中に“農業は工業と違い、産業的に成り立たないものだ”という前提があるんですね。何故かといいますと、工業が儲かるのは知的所有権がきっちりしているからです。農業の場合、誰かが何かをつくったら、それをそっくり真似て同じモノつくってもかまわないわけです。新しい品種ができたとしても、誰かがそのままつくっても問題はありません。ある団体職員の人が言っていましてけれど、ササニシキはどうやって広まったかというと「産地見学に行ったときに“説明を聞いてる部隊”と、“米を盗む部隊”にわけとったんや。片方が説明を聞いてる間に、片方が穂を握ってポケットに入れて持って帰ったもんや。ほんでササニシキひろがったんや」とか。知的所有権については、遺伝子組替えについての仕事をしている連中が行おうとしていますが、農業側の反対がありますから、それはとてもじゃないけどできないでしょう。農業の知的所有権とか言い出したら、そもそも米を開発したのは大昔の中国?とか、ややこしいことになってきて「誰が発明したんや?」とか言い出したら収拾がつかない。農業いうのは、みんなが共有する類いのもので、誰も金持ちにならないシステムのもの、なわけです。
それともうひとつは、工業製品の場合 つくって在庫として保管できますが、農業の場合腐ってしまうから、これはもう売るしかないんですわ。だから買い叩かれてしまうんですね。一生懸命つくっても買い叩かれて暴落する、売らなかったら収入にならない…と。だからお金持ちになれないんですね。“有名なカリスマ農家”なんていうのも、トヨタの社長みたいになれんわね、ひっくり返っても。農業はそういうふうになってるからね。それを、クルマと同じように在庫で持たせようとかするから、ヘンな添加物を使ったりすることになるわけですわ。加工品でももちろんそう。そうやって、人間にとって不自然な食べ物を作り出すことになるわけですよね。“モノが腐る”いうのは当り前の話ですから。腐らなあかんのですよね。腐るから本物の食べ物のわけですからね。…しかし腐るが故に、価格が暴落して農民が食べて行かれんようになるわけです。つまり第一次産業であるところの農産物いうのは、採算ベースでやっていけん部分があるんですね。
工業との違いとしては他に、その“土地の条件”ですわね。アメリカみたいに広いところでやるとか、中国みたいに労賃の低いところでやるとか。工場というのは場所があればどこでもつくれますけど、農業にはそれを当てはめることはできず、土地の条件の影響を強く受けてしまいます。「アメリカと日本が農業で真正面から戦え」というても、アメリカは日本の何十倍もの広い土地があって、日本は山あいの土地ばかりで、ひっくり返っても同じ土俵で勝負は出来ないですわね。もし工場やったら、同じようなシステムがあればフェアな戦いができますけど、農業はそうはいきません。例えば、ボクシングで階級差のあるヘビー級とライト級の選手が戦うのは、無理があるように。ですから、それなりの制度とシステムがないと、農業は潰れていくんですね。テレビやなんかでは、いつでも工業の論理で説明するわけで、評論家なんかが「農業というものは、採算が合わんのは、農家の努力が…」とか、どうやこうやとか―。じゃああんたら やってみい、と。企業が農業に参入してくるけど、工業社会の論理では大方、採算が合いません。
農業というのは“各国が制度で守っていかなければいけない”ということが根本的にあると思うんです。ヨーロッパ人はそれがよくわかっているから、ずっと制度で守ってきたわけです。ところがWTOいうのができてきて、農産物に関税をかけ過ぎたらまずい状況になってきたわけですね。自分の国の農家を保護するために、お金をかけられなくなったんですけども― ただ、WTOの項目の中で、環境名目であれば補助金をどんどん使ってもかまわない、というものがあるんです。ヨーロッパ各国には、有機農業を推進する政策がどんどん決まっていってるんですけど、これには対してはOKなんです。即ち、有機農業に対して・有機農家の生産者たちに対して、補助金を出すのはかまわない。そのために有機農家が発展して、オーガニック市場が広がって、規模も拡大しているわけです。するとそれにつられてか、オーストラリアとかアルゼンチンなどで、輸出用の有機農産物がつくられ始める、ということになっているんですね。ちゃんと有機農家を保護する政策をつくった、それが故に、オーガニックブームが起こっているわけです。日本は…と言えば、まったくない。
これが近代農業だと、事情は違います。農薬や化学肥料を使って農業をやっている産地だと、ちゃんと行政も研究機関もバックアップして― そんな中で、嬬恋村のキャベツの産地、みたいなのができるわけですね。有機農業に関して研究機関などは一切注目していないし、有機農業技術に関して研究する人も滅多といない。有機農業学会いうのがあるんですけれど、それに加盟している学者さんの中には、自分の名前の公表を嫌がったりする人もいる。有機に携わってることが他の農学者知られたくない、と。それを変えるために、有機農業の団体が集まり政府に対してロビー活動をして、有機農業議員連盟いうのをつくって“有機農業推進法”というのを可決させたわけです。
栽培技術のこと、ファーマーズマーケットのこと…それらは農家が自らの力でやっていきますけれど、こういった制度上の問題については、そういうわけにいきません。
環境にやさしい農業を日本で広めるためには、①適切な技術 ②適切なマーケット ③行政の協力。この3つがあって成功するんですね。このうちのひとつでも欠けたら農村を再生するのは難しいと思います。
【就農希望者へのメッセージ】
菊地:…なるほど。日本の農業に関する問題点と解決策、よく理解できました。橋本さんの3つの夢が叶ったら、日本は変わるでしょうね、農業以外のことも含めて。橋本さんの考えに賛同して、今後は有機農業を志す人も増えていくと思うんですが、そういう人に何かメッセージをお願いします。
橋本:有機農業をしたいんであれば、市島に来て下さい。
どうしたら農業をやって成功できるか、ということを考えたんです…。
そもそも、なぜ農村が形成されたかといえば―。農業をやりたい人の多くは“自然は人間にやさしい”と思っているかもしれないけれど、自然界というのは極めて厳しいんですね。人間の力ではどうしようもできないほど、自然の大きい災害というのが発生する…自分の力の小ささを感じるような状況がいつも起こるから、みんなで集まってお互いを守るために“村”というもんができたんですね。村が郡になり国になりと、人間は自然の脅威から自分達を守るために、保証制度であるとかの色んなシステムを作ってきたわけですよね。ところが、最近の風潮で「自立」「自立」とかいって、“自分独りでやっていこう”とか、新規就農者の人でも“こだわりの農産物を作って、自分の力で裸一貫生きてやる”みたいな感じで、横の人とつながることを忘れがちですよね。農業というのはひとりでやるものでなくて、みんなでやるもんだと思うし、グループや地域全体で取り組むことによって初めて行政も納得して、協力してくれる。行政が協力してくれることによって、マーケットが広がっていく。農業というのはバラバラでやったらあかんと思うから、まずここ市島で成功事例をつくらなあかん。“これから農業をやりたい”という人が市島でなく他の場所やるとしても、ひとりでやらずにグループでやりなさい、と。“みんなでつるんで”やらなあかん。
日本はもともと村社会で、そんな空気に嫌気がさしていたところに“西洋の自立の思想”というのが入ってきて、「一生懸命頑張って能力を活かして生き抜く人がカッコイイ」みたいな、ホリエモン登場!みたいな時代もあったけれど、結局人間ちゅうのは、長所もあって短所もあって、背の高いひとも小さい人もいろいろおって生きているわけであって、自分の弱いところを出しながら、助け合って生きていけばいいわけですわ。日本というのは、そういう良さや文化があったんですわ。それがいつの間にか失われて、何でも自分の力で解決しなければいけない・自分の力で生きていかなければいけない…。いじめられた子供でさえも“自分の力で生きていかないかん、いじめられるのは自分のせいや”と。
私がインターナショナルスクールにいた時に驚いたのは、メキシカンのグループとか、黒人のグループとか、ユダヤ人のグループとかあるわけですけど、誰かがメキシカンのグループに手出しをしたらメキシカンのグループはみんなで怒って、手出ししたやつをやっつけるわけですね 集団で。だから、誰もがお互いをいじめることができないんですよ、恐くて。日本人はいじめられたら「自分で問題を解決せい」いうんですけど、そいつがいじめられて学校に来なくなったら、次のターゲットは誰かと、みんなビクビクしてるんですね。何で弱いやつらがつるまないのか。弱い奴でも5人,6人と協力したら、強い奴でも、そいつらに勝てるわけないですわ。
そんなふうに“手を繋ぐこと”が出来なくなっている…みんな、いつの間にか。
話を戻しますと、農業するのであれば、自分のことだけ考えるじゃなくて、仲間とつるむことを考えなければいけないと思います。「手を繋いでやっていこう」と。つるむことは、恥ずかしいことではありません。これは農業をやる人にだけじゃなくて、すべてにそうなんですね。
【農業とは?】
菊地:橋本さんにとって、農業とは何でしょうか?
橋本:自分にとって農業というのは、自分が迷った末に選んだ職業、ですね。私の職業というものに対する意識は、先に話したように もともとは学歴を持って高収益があって安定していて、というところから始まったんですけれど…。やはり、自分のやりたい仕事を見つけられることが人間の幸せかな、と思いますね。それで食べていけたらね、それが大した収益じゃなくても。もしお金がたくさん入ってくるうような職業であったとしても、自分の生き方の中でいつも不満があって納得してなかったら…仕事ってずーっと一生続くもんやから、それってすごい不幸かな、と思いますね。工場であろうが・商店であろうが・絵を描くことであろうが、“自分がこれをやりたい”というものが見つかるのことが、一番幸せかな、と。農業というのは、私にとってのそういう位置付けであり、私にとって自分が見つけたただの“一職業”に過ぎないわけです。だから“農業は何にも勝る”と言うつもりはありません。そういうことでは、他の仕事している人と何ら変わりませんね。
【おわりに】
菊地:最後にお聞きします。今後、橋本有機農園はどうなりますか?
橋本:農園を大きくして、色んな人が関わるようになって、みんなが農村再生のためにがんばれるところにしたいです。農村を再生するための人材・協力してくれる人、が欲しいですね。色んな分野の人が賛同して協力してくれれば。いい人材はみんな企業にいってしまいますからね。
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